京都地方裁判所 昭和23年(ワ)514号 判決
原告 徳原俊久
被告 合資会社木村合金製作所
一、主 文
被告は原告に対し京都市下京区東九條札辻町十一番地所在の一、木造瓦葺平家建工場建坪六十五坪二合及び附属一、木造瓦葺平家建居宅建坪十五坪八合一、木造瓦葺平家建物置建坪十二坪六合を明渡せ。
被告は原告に対し昭和二十二年六月十七日以降右建物明渡済に至るまで一ケ月七十五円の割合による金員を支拂え。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨及び被告は原告に対し昭和二十一年九月一日以降主文第一項の建物明渡済に至るまで一ケ月百五十円の割合による金員を支拂え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として主文第一項記載の建物は原告及び実弟である訴外健一こと徳原贊順の共有に属し両名共有名義に登記されているものであるところ、被告会社は原告が九州方面に旅行して不在中の昭和二十一年八月下旬所有者である原告等に無断で右建物に侵入し、爾來今日に至るまで何等の権限もないのにこれを占有使用している。そこで原告は所有権に基づいてその明渡を求め且つ右建物は他に賃貸すれば少く共一ケ月百五十円の賃料を取得することのできるものであるが、被告の前記不法占有によつて原告と訴外徳原贊順は毎月右賃料相当の損害を蒙りつゝある次第であるから、被告の不法占有の始つた翌月である昭和二十一年九月一日以降右建物明渡済に至るまで一ケ月百五十円の割合による損害金の支拂を併せ求めるため本訴請求に及んだ次第である。なお右請求はいずれも共有物の保存行爲であるから原告は所有者両名のために請求すると述べ、被告の答弁事実中被告会社の設立が昭和二十二年六月十七日であり、訴外木村喜三郎がその代表社員であることを認めるがその他の事実は否認する。原告は本件建物の持分を処分したことはなく何人にも右持分権処分に関する代理権を與えたこともないのみならず、訴外徳原贊順の本件建物賣却行爲に対し同意を與えたこともないから仮りに同訴外人と被告との間に被告主張の様な本件建物の賣買契約があつたとしても右賣買は原告に関する限り無効であり、又訴外人の持分のみの讓渡があつたとしてもその旨の登記がないから右讓渡を以て第三者たる原告に対抗することはできない。從つて無効の賣買契約もしくは対抗し得ない持分権讓渡に基づく訴外木村喜三郎に対する本件建物の引渡は無効であり、同訴外人の右建物の占有は不法であり、被告会社の右建物の占有も不法である。被告会社が本件建物を訴外木村喜三郎に返還したという被告の抗弁事実は否認する。本件建物については原告は被告会社を被申請人とする京都地方裁判所昭和二十三年(ヨ)第一七一号仮処分申請をなし、同年六月十日「本件家屋に対する被告会社の占有を解き、これを原告の委任する京都地方裁判所執行吏に保管させる。執行吏は被告会社が現状を変更しないことを條件としてこれに使用を許すことができる」という仮処分命令を得て同年六月二十四日京都地方裁判所執行吏森田忠光外一名に委任して右仮処分の執行をした。從つて同日以後本件建物の占有は右執行吏にあつて被告会社は單に現状を変更しないことを條件として右執行吏から使用を許されているに過ぎないから、たとえ被告会社が右仮処分中の本件建物を訴外木村喜三郎に返還したとしても、これを以て仮処分権利者たる原告に対抗することはできないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の本件建物が原告と訴外徳原贊順の共有名義で登記されていること、昭和二十一年八月下旬まで両名の共有に属していたこと及び被告会社がその設立以來右建物を占有使用し來つたことは認めるが、その他の事実は凡て否認する。原告は現在本件建物につき所有権を有していない。すなわち被告会社は昭和二十二年六月十七日設立されたものであるが、これより先昭和二十一年八月下旬訴外徳原贊順は同訴外人が原告と共有していた本件建物を同訴外人の持分については自ら原告の持分については原告の代理人として被告会社の代表社員である訴外木村喜三郎に代金十二万五千円、所有権移轉登記と同時に代金の支拂を受けるという約束で賣却し訴外木村はこれを買受け即時手附金一万円を訴外徳原贊順に交附してその所有権を取得し、その頃同訴外人よりその引渡を受けたのである(その後同年十二月までの間に手附金を控除した残代金中三万五千円を訴外徳原贊順に支拂つた)訴外木村はそれ以來本件建物を木村合金製作所という自己の経営する合金鑄造業の工場に使用して來たが、昭和二十二年六月十七日右営業を改組して被告会社を設立するに当つて訴外木村は被告会社に本件建物を無償で使用させることにし、同日以來訴外木村の主宰する被告会社は本件建物を占有使用して合金鑄造業を営んで來た被告会社の本件建物の占有使用は原告及び訴外徳原贊順から前記のように本件建物を買受けてその所有権を取得した訴外木村との使用貸借に基づくものである。仮りに訴外徳原贊順が本件建物を訴外木村に賣却するに当つて原告の持分権の処分につき原告を代理する権限を有していなかつたとしても訴外木村は訴外贊順にその権限があると信ずべき正当の理由があつた。すなわち本件建物は訴外贊順の主宰する砥石工場であつたものを終戰約半年前にロクロ工場に設備を切換え終戰と共に休業した儘になつていた。それを訴外贊順が訴外木村に自分の工場を買つて呉れないか、自分はこれを賣つてその代金で船を買い朝鮮に帰りたいと申込んだのが本件賣買の話の初まりで、賣買契約は訴外贊順方で原告の妻も列席の下に成立したのである。從つて訴外木村は訴外贊順に本件建物を処分する権限があると信じて善意で取引したもので、かように信ずるについて過失はなかつたのであるから原告は右の賣買についてその責に任じなければならない。仮りにそうでないとしても前記賣買により訴外木村は少くとも訴外贊順の本件建物の持分権の讓渡を受けたものというべく持分権を有する訴外木村との使用貸借に基づく被告会社の本件建物の占有は正権限による占有である。なお被告会社は昭和二十四年八月中頃経済的に営業不能の状態に立至つて休業し、同年九月末限り本件家屋を訴外木村に返還した。從つて現在被告会社はこれを占有していない。以上の次第であるから本訴請求は失当であると述べ原告の再抗弁事実は認めると述べた。<立証省略>
三、理 由
本件建物が現在登記簿上原告と訴外徳原贊順の共有名義に登記されていること、少くとも昭和二十一年八月下旬頃まで右両名の共有に属していたことは当事者間に爭いのないところである。原告は右建物は現在なお原告と訴外贊順の共有であると主張するに対し被告はこれを否認し、昭和二十一年八月下旬頃本件建物の所有権は賣買により訴外木村喜三郎に移轉したと主張し原告はこれを否認するので、まず被告主張のような賣買契約があつたか否か原告が本件建物の所有権を有するか否かについて考えてみる。
弁論の全趣旨に照し眞正に成立したと認められる乙第一号証に証人三尾作太郎、木村栄次、宅間良男、入谷伊之助の各証言及び被告会社代表者木村喜三郎本人訊問の結果を綜合すれば、右木村喜三郎は昭和二十一年八月下旬訴外徳原贊順方において同訴外人との間に本件工場を代金十二万五千円、所有権移轉登記と同時に代金を支拂うという定めで買受ける契約を締結し、即日手附金一万円を交付したことを認めることができる。原告の全立証による右認定を左右するに足らない。然しながら右賣買契約を締結するにつき原告がその有する本件建物の持分権の処分に関する代理権を訴外贊順に授與したことを認めるに足る証拠はないし、又訴外木村が訴外贊順にかような代理権があると信ずべき正当の理由を有していたという証拠もあるとはいえず、かえつて証人李花子、原告本人、被告代表者本人の各訊問の結果によればそのように見ることを得ないのである。然らば原告は依然本件建物についての持分権を失うことなくこれを有するものといわなければならない。一方共有者は單独で自由に自己の持分権を処分することができるものであるから訴外徳原贊順の持分権は前記賣買により訴外木村に移轉したと見てもよいが、右持分権の移轉につきその登記を経ていないことは被告の認めるところであるからこれを以て原告に対抗するに由なく、結局前記賣買契約は原告に対する関係においては全然その効力を有するものではない。從つて本件建物は現に原告と訴外贊順とが共有するものというべく訴外木村が單独で又は共有者として所有権を有するという被告主張は採用できない。
被告会社が昭和二十二年六月十七日設立され、爾來本件建物を占有使用して來たことは当事者間に爭いがない。然るところ被告は本件建物を昭和二十四年九月末訴外木村喜三郎に返還し現在被告はこれを占有していないと主張するが、たとえ被告主張のように被告が訴外木村に本件建物を返還引渡したとしてもこれより先昭和二十三年六月十日原告は被告を仮処分債務者として「本件家屋に対する被告会社の占有を解きこれを原告の委任する京都地方裁判所執行吏に保管させる。執行吏は被告会社が現状を変更しないことを條件としてこれに使用を許すことができる」という京都地方裁判所昭和二十三年(ヨ)第一七一号仮処分命令を得て同年六月二十四日右仮処分の執行をしたことは当事者間に爭いないところであるから右返還を以て被告は仮処分権利者である原告に対抗することを得ないものである。從つて被告は依然本件建物を占有するものといわなければならない。被告の右主張は失当である。ところで被告は訴外木村喜三郎が本件建物の所有権(單独でもしくは共有者として)を有し同訴外人から使用貸借により被告会社がその使用権を有し、これに基づいて使用占有していると主張するが既に明らかにした通り、原告との関係において訴外木村が本件建物の所有権を有するものとはいゝ得ないのであるから、これと異なる前提に立つ被告の主張は理由がない。他に被告の占有が正権限に基づくという主張立証はないから被告会社の本件建物の占有は不法であると認めざるを得ない。而して共有物の不法占有による妨害の排除を求めるのは保存行爲であつて、各共有者は共有物の保存行爲は單独でこれをなすことを得るものであるから被告は原告に対し本件建物を明渡す義務があるものというべく、この点に関する原告の本訴請求は正当として認容すべきである。
次に損害金の請求につき考えてみる。被告会社の本件建物の占有が不法であることは既に認定した通りであつて、本件建物の所有者は右不法占有により賃料相当額の損害を蒙つているものと認むべきであり、本件建物を他に賃貸すれば一ケ月百五十円の賃料を取得できるものであることは原告本人訊問の結果により認めることができる。而して被告会社の設立年月日が昭和二十二年六月十七日であることは当事者間に爭いなく、被告会社が同日から本件建物を占有していることは被告の自認するところであり右占有は反証のない限り過失に基づくものというべきであるから、被告は本件建物の所有者に対し昭和二十二年六月十七日以降右建物の明渡済まで月百五十円の割合による損害賠償の責に任ずべきであるといわねばならない。ところで共有物についての不法行爲による損害賠償の請求権は各共有者が自己の持分に應じてこれを有するものである。何となれば共有物に加えられた不法行爲により損害賠償請求権は共有物に対する所有権と全然独立した別個の権利であつて、又それは可分の金銭債権であるからそれに共有という観念を容れる余地がなく、從つて損害賠償請求権の行使を以て共有物の保存行爲と見ることを得ないから物の共有者は自己の持分に應じた損害賠償請求権のみを行使し得るに止まり、他人の持分に対しては何等の請求権を有し得ないのである。本件建物が原告と訴外徳原贊順の共有に属することは前に認定した通りであり、反証のない本件においてはその持分は相均しく原告は二分の一の持分権を有するものと認むべきであるから上述したところに從い、被告は原告に対し昭和二十二年六月十七日以降本件建物明渡済まで一ケ月七十五円の割合による損害金の支拂義務があるものというべく、本件損害金の請求はこの範囲において正当として認容すべくその余は失当として棄却すべきである。(なお原告は被告の不法占有の始期を昭和二十一年八月下旬であると主張し同年九月一日からの損害金を求めるが、被告会社は昭和二十二年六月十七日までは存在せず、本件建物を占有することはあり得ないのであるからその主張の失当であることは多言を要せず明らかである)
そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十二條但書を適用して主文の通り判決する。
なお仮執行の宣言の申立を原告はしているが当裁判所は本件弁論の全趣旨に照し、その必要があると認めないしかえつてその宣言をしない方が相当であると判断した。
(裁判官 平峯隆)